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「注意への反応」を2種類のタイプで考えてみた

「注意への反応」を2種類のタイプで考えてみた
目次

2種類のタイプ

自身の言動について他者から注意された際、人の反応を大きく2つに分けてみる。

  1. 注意の内容を聞く人
  2. 注意の内容を聞かない人

「常にこっち」という話ではなく、どちらのケースが多いか。
この傾向によって、本人および周辺の人の未来は変わってくるのではないかと。

1の人は周囲も含め成長し、2の人は周囲も含め変わらない≒衰退。

注意の内容を聞く人

ひとまず相手が自分の何を注意しているのか聞く。
聞いたうえで、相手の意見と自分の意見を整理し、評価したうえで反応する。
この際、右脳よりも左脳優位となっているケースが多い。
たいていこっちだという人は、メタ認知力が高い傾向がある。
相手の意見が正しいと評価した場合、改善に努める。
結果、成長する。

注意の内容を聞かない人

注意の内容問わず、自分に対する否定的な意見は反射的に拒絶し、内容を聞かず、シャットアウトする。
いわゆる「聞く耳を持たない」。
左脳よりも右脳優位となっているケースが多い。
こっちが多いという人はメタ認知力は低めな傾向。
相手の意見を聞かないので、改善も成長もない。
また、家族など、長い時間一緒に過ごす人にとって良い教師にはならず。反面教師になる他ない。

なぜ聞かないのか

たいていは「自分には注意される覚えがないから」が理由。

これはかなり偏見だが、この傾向が強い大人は仕事で日頃「先生」と呼ばれている人や、「マネージャー」など仕事上の役割として人の上に立つような人に多いのではと思っている。
「周りに注意してくれる人がいないから」ではないかなと。

人間は皆、生まれてから大人になるまでたくさんの注意をされる。
注意というか、その多くは教育。

「ここは危ないから、のぼってはダメだよ」
「ゴミを出したらゴミ箱に捨てようね」

でも歳を重ねるにつれ注意される機会は減る。
注意されるような言動も減るし、注意してくれる人も減るわけで。
ましてや、普段注意する側の立場の人となるとなおさら減る。

仮に注意されたとしても優しい言い方での注意で、若い時のそれとは違う。
厳しめの注意への耐性が無くなっている。
そして、いつの間にか自分が「注意されること」を受け付けなくなってしまう。

だって自分には注意される覚えはないから。
自分の言動には理由があり、間違っていない、あるいは、仕方がないことだから。常に正当化する。
こうなると周りの人は注意しなくなる。注意しても無駄だから。
「言われるうちが花」という言葉があるが、その通りで、言われなったらおしまい。
よく「周りに叱ってくれる人を置け」とも言われるが、ホントそう。

——

また、その注意された時の態度や振る舞いを見た周囲の人が「あ、注意されてもそう振る舞えばいいんだ」と負の教師になってしまう可能性もある。
「注意を聞かない人は成長しないな」と反面教師にしてくれると良いのだが。

もちろん何歳になっても1の人もいる。
注意された相手が子供だろうが部下だろうが、言い方問わず、冷静に内容を評価できる人。
なので成長し続ける。

まとめ

他者からの注意は、例えそれが誰であれ、どんな物言いであれ、まず一旦聞くべし。
そのうえで、内容を評価し、評価に応じた反応や対応をすべし。

できていない人は、左脳優位を意識し、メタ認知力を鍛えるべし。
注意されている時、自分から幽体離脱し、注意している人の内容とその対象となっている自分の言動を第三者目線で評価すべし。

以上、自戒の念を込めて。

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